【SSF】S級SF作品を探して

ヒューゴー賞・ネビュラ賞・ローカス賞受賞作品の詳細なあらすじ、作品中の名言、管理人の感想などを書いていくブログです。

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【あらすじ】『ダーコーヴァ不時着』マリオン・ジマー・ブラッドリー

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ブラッドリーは「ダーコーヴァ年代記」シリーズとして多数の作品を発表しており、うち2作品がヒューゴー賞を受賞しています。『ダーコーヴァ不時着』自体はヒューゴー賞受賞作品ではありませんが、読む機会がありましたので、今回はこの作品をご紹介したいと思います。

 

[評価 = A級]

 

 

あらすじ

 植民の時代

人口が飽和し過密した地球。この時代、人類の居住が可能な惑星が銀河系の各所で発見され、それらの惑星は地球の「植民星」として、移民と開拓が盛んに行われるようになっていた。

 

惑星ダーコーヴァ不時着

物語は、植民星として開発が進む「コロニス・コロニー」に向けて、大勢の植民者を乗せて地球を飛び立った大型宇宙船が、重力嵐に遭遇して航路から投げ出され、惑星ダーコーヴァに不時着してしまうところから始まる。

ちなみに「ダーコーヴァ」とは後の世代によって名付けられることになる惑星名であり、不時着の時点ではまだ名前もない星である。名前がないどころか、惑星がどの星団のどの太陽系に属する惑星なのかもよくわからない。

かろうじてわかるのは、地球人には未発見であり星図にはまだ無い惑星であること、植民星に向かう航路からは大きく外れた場所にあること、それゆえ遭難者たちが地球人により発見され救出される見込みは無いこと、だけである。

当初は楽観的だった船員たちと植民者たちであったが、やがて船は損傷がひどく、救助無しで自力で船を修理してダーコーヴァを飛び立つことは絶対に不可能であることが明らかになっていく。

 

ダーコーヴァの環境

ダーコーヴァは地球と比較すると、重力はやや軽く、そして酸素濃度はやや濃い。したがって運動や移動は容易である。

樹木と水は豊富にあり、植物には食用に適したものも少なくない。また大型哺乳類も生息しており、捕獲して飼いならせば家畜になりそうである。これらのことから、衣食住には不自由しないようだ。

しかし金属と化石燃料はほとんどなく、水力として利用できるような大規模な河川もない。

 

危険な自然

惑星の環境調査を続けるにつれ、ダーコーヴァならではの危険や限界も、徐々に明らかになっていく。

樹木はゴム質をたっぷり含む種類のものが多いこと。火起こしは容易で便利だが、常に森林火災の危険を伴うこと。従い、野営地の周囲は幅広く伐採して、延焼防止ゾーンを確保することが重要であること。

野原には、猛毒を持つ、サソリのような昆虫がいること。5cm足らずの大きさに過ぎないが、尾っぽはサソリのように曲がっており、頭部にはがっちりしたアゴがついている。色は毒々しいオレンジと緑である。自分から積極的に襲ってくる生き物では無いが、巣をうっかり踏みつけたりすると刺されることがある。野原を歩く際は、蟻塚のように見える盛り上がった土を踏まないように気をつけなければならない。これはサソリの巣だからだ。

森林には、大型哺乳類を捕食するネコ型の肉食獣が徘徊しており、身を守るために夜間は焚き火が欠かせないこと。

空には、「バンシー」と名付けられた肉食鳥が出没すること。この鳥は、アイルランドのアラン等のに伝わる伝説の怪物「バンシー」を思わせる、恐ろしい悲鳴のような鳴き声を響かせながら飛び回ることから、「バンシー」と名付けられた。血の暖かさをたよりに獲物を探し、この叫び声で動けなくさせて、襲いかかる。大型で、人間も襲われることがある。

 

魔の嵐(ゴースト・ウィンド)

しかし最も危険なのは、「魔の嵐(ゴースト・ウィンド)」だ。

ダーコーヴァの自然環境は厳しい。季節は今は夏であると確認されたが、夜は大体雪や雨になることが多く、氷点下を記録することもあるほどだ。しかし稀に、ぽかぽかと穏やかな天候が数日続くことがある。このような天候の日には、綺麗な可愛らしい小さな花々が一斉に咲き出て、甘くかぐわしい香りを放つ。

草原から風に乗って到達するこの香りは、一時的に人々の気を狂わせてしまう。結果として性的な乱行が起こることが多いが、凶暴性を刺激し、戦いや破壊活動を引き起こすこともある。

ゴースト・ウィンドにより、宇宙船のコンピュータのデータの多くが何者かに消去され、地球から携えた莫大な学問知識が失われてしまう。また女性たちの多くが妊娠・出産する結果となり、人々は否応無くこの惑星に文明を築き、繁殖していかざるをえなくなる。

 

超能力

人々が恐れるゴースト・ウィンドだが、一方でテレパシーのような超能力を人々の間に覚醒させる力もあるようだ。

 

先住民

惑星には、ヒト型の生き物も生息するようだ。小型で、ヒトというよりメガネザルに近い。ただし知能があり、道具を使ったり加工品を作ったりすることができる。木に縄バシゴをかけ、高い樹上に縄のつり橋を渡し、樹上で生活している。一行は彼らをホモ・アルポレンス、すなわち「樹上のヒト」と名付けた。

 

異星人

また決して危険な存在ではなく、むしろ入植者たちを見守るふうであるが、高い知能を持つ、妖精のような異星人が存在するようだ。女性で生物学者のジュディス以外、会った者はいないため実在は確認されていない。ジュディスは最初のゴースト・ウィンドの後に身籠もるが、妖精のような彼と恋人になり結ばれ、彼の子を身ごもったと主張している。

ジュディスは彼からお守りとして、青い宝石のような石を受け取った。のちにジュディスは、この石には火を点ける不思議な力があることに気づくが、これを秘密にすることを決心する。

 

文明のサバイバル

宇宙船の船長レスターは、何世代かかろうと地球の科学技術を復興させ、宇宙船とコンピュータを修復してこの惑星から脱出することを目標にするべきだ、と主張する。

一方入植団代表者マレーは、ダーコーヴァには金属と化石燃料が存在しないため、地球の科学技術文明をこの星に再現することは不可能であること、この星でこの星の文明を築いて行くことが重要であることを主張する。

復興・脱出か、入植・独自文明構築か。大きく2つの選択肢がある中、サバイバルのため人々はどのように運命を決断していくのか?

 

未来のテクノロジー

作品に登場する、SF技術を紹介します。

 

ムーヴィング・ロード

地球では山々にはムーヴィング・ロードが整備されている。今ではエベレスト山でもレニエ山でも、老人や子どもが頂上からの景観を気軽に楽しめるようになっている。岸壁をよじ登るような登山はすっかりアナクロになっている。

 

 銀河地理学と航宙学

航宙士が修めなければならない学問の一つ。

 

テラフォーミング

惑星を地球人用に環境改造すること。

 

名言集

登場人物たちの名言を紹介します。

 

危険をおかすことも必要

「たまには危険をおかすことも必要よ。何もしなくたって、思いもよらないことで命を落とすかもしれないし。まず用心すること、その上でチャンスをつかむことよ」

惑星の位置観測のため高山の頂上に向かおうとする航宙士カミラが、引きとめる地質学者レイフェルに言う言葉。

 

科学技術が無くても、文明は可能

「科学技術がほとんど存在しない時代でも、立派な文明が存在していました。人類の文化は、高度な技術を背景として、文明の最先端を結集した社会にのみ存在するという考えは、技術畑の人々が吹聴する幻想でしか無いのです。社会学的にいっても哲学的にいっても、なんの根拠もありません」

惑星ダーコーヴァに根をおろして生きていくことは、未開人の世界に逆行することであり、そんな世界で生きて行きたいと思わないと主張する船長レスターに対して、植民団の代表者マレーが述べた反論。

 

楽器と音楽は、生きて行く上で重要

「(サバイバルの)厳しい優先順位によると、楽器はどうだ?おそらくかなり上位だな。野蛮人にさえ音楽はあったのだ。もし冬がこのうえなく厳しかったら、ぼくたちの正気を守っってくれるのは音楽だけだろう」

地質学者レイフェルの呟き。宇宙船の修復を断念しダーコーヴァで生きていくことを決心した植民団の代表者マレーは、搭乗者のスキルを調査し、今後の職業を割り当てて行く。楽器と音楽はサバイバル生活の中では実はかなり重要なものらしい。

 

悪名高い種族

「わたしたち人類は、自分たちより劣るように思える異文化に対するふるまいにかけては、悪名高い種族です。」

神父の言葉。女性で生物学者のジュディスの「妖精の恋人」が実在すると人々が信じれば、その恋人とその種族を人々は探しだそうとするだろうし、それは良い結果には繋がらないだろうから、当面は秘密にしておいた方が良いとアドバイスした際の言葉。

 

感想

『ダーコーヴァ不時着』は、「ダーコーヴァ年代記」シリーズの外伝的作品です。大人気シリーズ「ダーコーヴァ年代記」の、そもそも人類はいつ・なぜダーコーヴァに来て暮らすようになったのか?を詳細に描いた作品です。

実はダーコーヴァという惑星名自体、入植者たちの何世代も後の子孫たちの命名です。また、この惑星が地球人たちに発見されるのは、この不時着から2千年ものちのこととなります。

テーマはサバイバルです。近年日本でも、マンガや小説でサバイバルをテーマにしたものが多く発表されており、サバイバルというテーマはちょっとしたブームになっているように思えます。

この作品では、サバイバルはサバイバルでも、宇宙でのサバイバルがテーマになっています。またサバイバルは、生還までの短期間ではなく、この先の何十世代というスパンの問題です。人々は、自分たちが当面生き延びることだけではなく、どんな文明をこの先築き上げていかなければならないかを考え抜き、対立し、論じ合います。この点が斬新で面白いです。

植民団の代表者マレーは、全員のスキルチェックを行い、惑星での新生活における職業を割り当てていきます。コンピュータエンジニアや数学者は、この先何世代かは出番が無い職業として、農夫や大工を割り当てられます。

興味深かったのは、楽器製作や音楽家という職業が、第一世代の職業として比較的重要度が高い位置づけになっているところでしょうか。第一世代の人々は農業・狩猟・採集が中心の生活から文明をリスタートさせていくわけですが、音楽は人間が生活していく上で不可欠なものとして扱われています。

確かに夜は、焚き火を囲んで歌や音楽を楽しむくらいしかすることが無さそうです。そうした集まりは人々の団結を固めたり、厳しい生活のストレスによるメンタル崩壊を防ぐために、絶対に必要な気がしますね。

地球文明復興・脱出派のレスター船長は、最終的には地球の科学技術文明の再興がこの惑星では不可能であるばかりか、無価値でさえあることを悟ります。

実際子孫たちはその後、地球の科学技術文明を忘れていく一方、独自の「マトリックス力学」と超能力に基づくダーコーヴァ文明を発展させていくようです。

ちなみに「未来のテクノロジー」の中で触れたように、作品の中で「テラフォーミング」という単語が登場します。『ダーコーヴァ不時着』発表されたのは1972年、今から約50年も前ですが、この頃にはもうこんな言葉があったんですね。

 


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