【あらすじ】『高い城の男』フィリップ・K・ディック【ヒューゴー賞 1963年】
フィリップ・K・ディックの1963年ヒューゴー賞受賞作『高い城の男』の、あらすじと感想です。
[評価 = S級]
あらすじ
作品世界
この作品で描かれる世界は、第二次世界大戦に日本とドイツの枢軸国が勝利した世界である。
アメリカ東海岸
アメリカ東海岸はドイツ帝国の支配下となっている。ソ連とアフリカもドイツ帝国の版図となっている。ドイツ帝国によってアフリカでは莫大な数の黒人が組織的に虐殺され続けている。アメリカ東海岸では、ユダヤ人は迫害されており、見つかればドイツの収容所に送られる可能性が高い。
ドイツ帝国の科学力は全ての領域において世界最高水準である。ドイツは水爆を持つ世界で唯一の国である。ドイツはロケットで、今や火星や金星にまで活動領域を拡大しつつある。ドイツからアメリカ西海岸への旅行は、ロケット船でわずか45分である。
地中海
ドイツの科学力により、地中海は原子力を使って封じ込められ、排水され、耕作のできる畑地に変えられている。
アメリカ西海岸
アメリカ西海岸は「太平洋岸連邦」の一角として日本の支配下にある。サクラメントの傀儡白人政府が治めている。南アメリカも日本の支配圏である。
日本は科学力・技術力ではドイツに及ばない。商工業に熱心で、現在はブラジルの経済開発に余念が無い。
日本人はアメリカ西海岸の支配者層として君臨してはいるが、礼儀正しく丁重で法律を遵守する人々で、清廉潔白であり、アメリカ西海岸においても決して不正を許さない。ユダヤ人も西海岸では迫害されることは無い。
黄色人種支配に対するアメリカ人の感情
西海岸のアメリカ人の多くは黄色人種の支配に心の底では不満を感じているが、ソ連が戦勝国になった世界よりははるかにマシだと考えており、アメリカ西海岸での二級市民の地位に甘んじている。アメリカ人の中には積極的に日本人に仕える者も多く、それらの白人は「ピノック(拝日派)」と呼ばれている。もちろん褒め言葉ではない。
『易経』の普及
日本人は『易経』に絶対の信頼を置いており、決断が必要な時は常にどんな時でも、筮竹(ぜいちく)で占いを行い、その結果について『易経』に答えと導きを求める。
日本人は『易経』を西海岸に持ち込んで広めた。『易経』は非常に信頼できるため、アメリカ人たちにもこれを頻繁に使用する者が多い。
ベストセラー『イナゴ身重たく横たわる』
昨今話題になっている大ベストセラーがある。『イナゴ身重たく横たわる』という小説である。これは第二次世界大戦の戦勝国はアメリアとイギリスを中心とする連合国であった、という世界を描いた小説である。
この小説はドイツ帝国の支配する東海岸では発禁になっているが、西海岸では普通に店頭で買い求めて読むことができる。この小説の中描かれる世界は、アメリカとイギリスの二大国が覇権を競う世界である。
中国は親米の蒋介石率いる国民党の統治下にある。彼らはアメリカ製品を喉から手が出るほど欲しがるため、全米の工場はその需要に応えるためフル稼働である。ありとあらゆる種類のアメリカの工業製品、薬品、機械が中国の隅々にまで浸透していく。
この傾向は敗戦国日本でも同じであり、彼らもまたアメリカ製品を渇望し買い続けるのである。このアジアでの需要により、アメリカの経済は絶好調である。彼らはイギリス製品には大して興味を示さない。
アメリカのレトロ品を珍重する日本人
西海岸の日本人の間では、なぜかアメリカのレトロ品が珍重され、高値で取引されている。例えば1938年型ミッキーマウス・ウォッチなどは世界でも数個しか残っておらず、日本人には極めて貴重なものとして珍重されている。
日本人以外にはこれらのアメリカン・レトロの価値が全く理解できないのだが、儲かるためこれを商いとしている者は多い。
骨董品店店主チルダン
アメリカ美術工芸品紹介を経営するチルダンも、アメリカの骨董品の高級店を経営する骨董商だ。彼もまたこんな物が日本人に高値で売れるとは、と思いつつも、早くからそのことに気づいて骨董品の取り扱いを始め、成功した人物である。彼は日本人エリートを顧客として彼らに取り入って商売をしている。
しかし彼はある日、ある問屋から店に降ろされている骨董品の一部は、実は極めて精巧に造られた、しかも組織的に意図的に密造された模造品であることを知り、自分の行なっている商売に対して大きな動揺を覚える。
職人フランク
チルダンの店に卸す模造品の密売工場で働いていたフランクは、ユダヤ人であるが偽名を使ってその事実を隠して生きている。彼の働く模造品密売工場こそ、精巧な模造品をチルダンの店に卸していたのだった。
密売工場をクビになったことを契機にフランクは、相棒エドと一緒にオリジナルの銀装飾品製造を始める。チルダンに模造品のことを密告したのは、フランクであった。フランクの相棒エドは完成したオリジナル品をチルダンの店に持ち込む。チルダンは興味を示し、店の一角で製品の取り扱いを始める。
アメリカ人の誇りを取り戻し始めるチルダン
チルダンは当初、このフランクのオリジナル品に敬意を示していなかったのだが、上得意客の日本人、梶浦に贈り物として進呈する。
しかし梶浦は、これには美術品としては何の価値も見出せないとしてこのオリジナル品をチルダンに返す。梶浦は、大量生産してアジア向けの安いお守りとして売り出せば売れるだろうと言い、知人の貿易商の連絡先を紹介しようと言う。チルダンはプライドを傷つけられる。チルダンが傷つけられたのは、アメリカ人としてのプライドなのであった。
このことがきっかけでチルダンは人が変わったようになり、このオリジナル品の販売に真剣に取り組むようになる。梶浦に否定されて初めて、チルダンはこのオリジナル品には何かアメリカの希望の光のようなものが秘められていることに気づいたのである。チルダンはこのことをはっきりとは自覚していない。
ナチスの「タンポポ計画」
日本人高級官僚の田上は、チルダンの上得意客である。
彼はドイツから彼を訪問してきたドイツ国防軍情報部の将校バイデンから、「タンポポ計画」について知らされる。
ドイツはこれからアメリカ中西部で事変を捏造し、それをきっかけに日本が支配する西海岸にも侵攻するが、実はそれらは陽動作戦にすぎず、最終的には裏をかいて日本列島に核攻撃を行ない、世界の覇権を握ろうという計画を立てているのである。
タンポポ計画にはドイツ本国でも対立があり、国防軍は支持、悪名高いSSは反対なのだという。バイデンは日本にドイツ本国の政局への干渉を行い、SSを支持しその勢力を強めることがタンポポ計画阻止への道だと説く。
田上は日本列島を救うためには残虐で知られるSSを支持しなければならないという矛盾に、人間として絶望感をおぼえる。
暗殺者と田上の死闘
ドイツはバイデンを拉致するため、田上のオフィスに白昼堂々暗殺集団を送り込む。ドイツは日本を舐めきっているのである。
攻撃を受けたロビーから緊急連絡を受けた田上は、拳銃を構えて待ち構える。バイデンと密会するオフィスに雪崩れ込んできた暗殺者たちは、田上の華麗な、リボルバーのファニング連射で返り討ちにあい、なぎ倒される。このリボルバーは、チルダンから買った西部開拓時代の骨董品、コルト44口径なのであった。
パラレル・ワールドを垣間見る田上
事件後、田上はチルダンの店舗を訪れる。田上はチルダンから、例のオリジナルの銀装飾品の鑑賞を依頼され、これを預かって店をでる。
この銀装飾品を観察していた田上は、短時間ではあったが、『イナゴの身重たく横たわる』で描かれていた、アメリカが第二次世界大戦に勝利した世界(パラレル・ワールド)に引き摺り込まれて衝撃を受ける。
そしてクライマックスへ
この世界は現実なのか。本当は、アメリカが第二次世界大戦に勝利した世界が存在するのか…!?
感想
オムニバス風の構成
この長編小説には複数の主人公が登場します。主人公たちの関係は緩やかです。彼/彼女らの物語はほぼ独立して進んでいきますが、交互に描かれる彼らの物語は時折交差し、互いに影響を与えあい、やがて「日本とドイツが敗戦した世界は実在する」という予言的結論に収斂していきます。
主な主人公は以下の4名でしょうか。
日本人向け骨董品店店主チルダン
軽蔑と恐れという両方の感情を持ちながら、日本人にペコペコしています。アメリカのレトロ製品、と言っても例えば1938年型ミッキーマウス・ウォッチなどですが、これが高額で日本人に売れることを知って商売を始め、今では高級店の店主です。
知らずに多数の密造品を扱っていましたが、密造品から足を洗った職人フランクの銀細工品の不思議な力から、やがてアメリカ人としての誇りを取り戻していくようになります。
職人フランク
日本人向けのアメリカのレトロ製品の密造品を作っていた職人です。独立してオリジナルの銀細工品を製作・販売するようになります。作品を意気揚々とチルダンの店に持ち込みますが、老獪なチルダンに足元を見られ、屈辱的な条件で作品を委託販売してもらうことになります。
カフェのウェイトレス、ジュリアナ
職人フランクの元妻。『イナゴ身重たく横たわる』の著者アベンゼン暗殺計画への協力を自称イタリア人ジョーに強制されますが、カミソリで勇敢に反撃してジョーに致命傷を与え、脱出に成功します。
日本人高級官僚、田上
ドイツの「タンポポ計画」阻止のため田上を極秘訪問中のドイツ人バイデンを暗殺すべく、白昼堂々と日本の領事館に侵入してきたならず者の武装集団を、華麗な銃さばき(ファニング連射)で返り討ちにします。
チルダンから預かった職人フランクの銀細工品の不思議な力から、日本とドイツが敗戦したパラレルワールド(我々の知るこの世界)を垣間見ます。
S級作品だが、魅力を伝えにくい
間違いなくS級作品で、読んでいて非常に面白いのですが、このようなオムニバス風の構成になっているため、あらすじを伝えにくい作品となっています。
テーマも、「もう一つの世界、アメリカが戦勝国で日独が敗戦国という世界、がパラレルワールドに存在すること。このことを、素朴な工芸品に込められたアメリカ人の誇りと、易経の神秘的な力が、主人公たちに体験的に気づかせる」というようなものです。
「どういう意味か、作品を読んでくれ」としか言いようがなく、これもまた作品の魅力を伝えにくくしています。
作品を読ませたくて、私の子ども(SFが割と好き)に色々とプレゼンしましたが、ぽかんとしてました…。
まぁ相手がフィリップ・K・ディック好きの人なら、「第二次世界大戦に日独が勝利した世界を描いた、巨匠フィリップ・K・ディックの作品」といえば、それで十分かもしれませんね!
日本とドイツの描かれ方
作品の設定が「黄色人種に支配されるアメリカ」なので、登場人物たちの日本人に対する感情は、憧れと畏怖、軽蔑と差別が入り混じった、アンビヴァレントなものとなっています。
国家・民族としての日本は、ビジネスに熱心で、支配地域である南米の経済開発に忙しい、不正・腐敗を絶対に許さず、被支配国であるアメリカに対して決して威張らず、ユダヤ人にも寛容な、謙虚な国・民族として描かれています。
日本人官僚の田上はかっこいいです。ナチスが送り込んできた武装したならず者たちは、ナチスもならず者もどちらも日本をナメきっているので、白昼堂々と日本領事館に武装して侵入して来ます。日本人の例にもれずアメリカン・レトロの愛好者である田上は、西部劇の時代のレトロなコルトのリボルバーを「ファニング」というテクニックで高速連射し、ならず者たちを殲滅します。
ドイツは、高度な科学技術を有するが、支配地域であるアフリカでジェノサイドを行っており、日本に対してさえ核攻撃を企む、非情で残酷な国家・民族として描かれています。
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